イタリアの音楽院(Conservatorio)では、実技試験に合格すると入学が認められます。
ただし、入学後には音楽史、聴音、クレ読み、楽典、和声、アナリーゼ、ピアノなどの科目を履修する必要があります。
つまり、実技以外の科目については、入学してから勉強することもできます。
一方、イタリアの音楽高校から音楽院へ進学する学生にとっては、これらは高校ですでに勉強してきた内容です。
また、入学前に2次試験があり、これらの科目の試験を受け、一定のレベルに達していることが認められれば、入学後にその科目を履修する必要はありません。
今回行われたのは、そのレベルに達しているかどうかを判断するための2次試験でした。
娘がフィレンツェの音楽院の第2次試験を受験してきたので、これから受験する方の参考になるように、実際にどんな試験だったのか、覚書として残しておきます。
試験1日目
聴音の問題は例題がなかったので、どのくらいのレベルの問題が出るのか分からず、少し緊張していたそうです。
しかし、フィレンツェの音楽院の試験は相変わらずアットホームな雰囲気。
受験票などはなく、名前を呼ばれて一人ずつ手を上げて出席を確認していたそうです。
ところが、外国人の名前が読めていない……。
「○○さん……? あれ、いないかな?」
その後、数分の沈黙。
そして、
「すみません、もしかして○○?」
と、どうやら名前の呼び方を間違えていたようです(笑)。
これで一気に緊張が解けたそうです。
聴音
イタリアの聴音は、最初に調も拍子も教えてくれません。
主和音を弾いて、その後に旋律を1度だけ演奏して曲の流れを聞きます。
外国では、最初に調や拍子を教えてくれるところも多いので、この形式の聴音を初めて経験した受験生も多かったそうです。
「こんな聴音だとは知らなかった」
ということで、戸惑ってしまった人もいたようです。
しかし、娘は小学生の頃にイタリアの聴音を経験していたので、特に驚かなかったそうです。
そして、日本の聴音と比べると、
「本当に簡単だった」
とのこと。
なぜかというと、主和音を弾いてくれるので、そこから調が分かります。
また、日本では4小節ごとに弾くことが多かったのに対して、今回は2小節ごと。
そのため、とても分かりやすかったそうです。
リズムもシンコペーションなどは出てきますが、極端に難しいリズムではなかったとのことでした。
クレ読み
ところが、クレ読みは意外と難しかったそうです。
音部記号が変わるだけではありません。
拍子が変わったり、臨時記号が出てきたり、臨時記号をどのように読むのか、そのルールもしっかり覚えていないといけません。
娘は途中で、ターンの縦のものが出てきて、そこで止まってしまったそうです。
臨時記号のルールについて書かれた本には、ちゃんと説明が載っていたのですが、きちんと覚えきれていなかったようです。
ここは入学してから、もう一度やり直すことになりました。
楽典
楽典は口頭試験。
そのため、知識があるだけではなく、それをイタリア語で説明できなければなりません。
これは外国人の受験生にとっては、かなり難しい試験だと思います。
2日目 音楽史(2時間)
音楽史については、音楽院のサイトに例題が掲載されていて、どのような問題が出るのか、また出題範囲が広いことも分かっていました。
音楽が始まった頃から現代まで。
音楽高校のお友達から資料を送ってもらい、娘はそれを一通りすべて読みました。
音楽の始まりからバロック時代、古典派、ロマン派、現代までの大まかな流れ。
さらに、その時代の作曲家や作品、オペラの内容、喜劇なのか悲劇なのか、音楽形式がどのように変化してきたのかなど、覚えることは多岐にわたります。
幸い、インターネットが発達した現在は、オペラや交響曲などをすぐに聴くことができます。
分からないことがあれば説明を探すこともできます。
そのため、毎日少しずつ資料を読み、実際に音楽を聴きながら勉強していました。
娘はもともと音楽史が好きで、小さい頃から少しずつ勉強していました。
記憶力もいい方なので、
「大丈夫だよね」
と話していたのですが……。
実際の試験は、例題とはかなり違っていた
ところが、音楽院のサイトに掲載されていた例題と、実際の試験は驚くほど違っていたそうです。
もちろん、聞かれている内容そのものは同じです。
しかし、例題からは選択式のようなイメージを持っていたのに、実際には6ページぎっしり、すべて自分で文章を書いて答える問題だったそうです。
外国人の学生が多いフィレンツェの音楽院。
「できなければ試験を受けずに帰ってもいいですよ」
と言われると、半分以上の受験生が帰ってしまったそうです。
音楽史の知識があるだけではなく、それを理解して、さらにイタリア語で説明できなければ解けない問題ばかり。
これはかなり大変です。
ただ、先生はとても親切だったそうです。
「できなくても大丈夫。私たちとの授業は本当に面白いし、知識が広がるから、受講するのはおすすめですよ」
と話してくださったそうです。
和声とアナリーゼ(2時間)
アナリーゼは、音楽院のサイトでは8小節ほどの例題が載っていました。
ところが当日の問題は、1ページにわたるソナチネのような曲。
それほど複雑な曲ではなかったそうですが、そこに、
- 和声進行
- セミフレーズ
- フレーズ
- カデンツァ
などを書き込んでいきます。
和声連結も、例題では8小節だったのに、実際には転調ありの16小節。
和声連結は覚えることが多く、禁則もたくさんあります。
「これは使えないから……」
といろいろ考えながら、さらに禁則を確認していると、時間はかなりギリギリだったそうです。
もう一つ、形式を説明する問題が出ます。
例にはフーガが問題だったのですが、今回は組曲(スイート)についてでした。こちらもイタリア語で形式などを文で説明するため、イタリア語がある程度出来ないと難しい問題です。
使って良かった和声入門
娘は基本的にイタリアの音楽院で使われる和声の教科書を読んで勉強しました。
しかし、私が日本語で説明する時に役に立ったのが下の2冊です。
入門ワークは少しずつ和声連結を覚えるので段階を追って勉強出来ます。
3日目 ピアノ
ピアノは、
- ツェルニー
- バルトーク
- アレッサンドロ・ロンゴ
など、違う性格の曲を3曲。
そのほかに、音階、2オクターブの分散和音、属7分散和音などがありました。
このあたりは、さほど難しくなかったようです。
そのほか、簡単な曲の初見演奏や移調もありました。
ところが、実技試験でもそうでしたが、課題曲に「3曲」と書いてあるのに、きちんと確認していなかった受験生もいたそうです。
「3曲持ってきていないけれど、今弾ける曲を弾いてもいいですか?」
そして、オペラの曲を歌いながら演奏したそうです(笑)。
バイオリンの実技試験でも、「15分以上」と書いてあったのに、ほとんどの人がコンチェルトの第1楽章、10分以内の曲を持ってきていたそうです。
「さすがイタリアだな」と思ってしまいました(笑)。
試験の後に
試験会場では、受験生同士ですぐに仲良くなったそうです。
試験が終わると、
「どうだった?」
と話し始める。
外国人の学生も多く、英語で話すことも多かったそうです。
仲良くなったイタリア人の学生も語学系の高校に通っていたため、英語で問題なく話すことができたとのこと。
試験そのものはもちろん緊張するものですが、こうしてさまざまな国から学生が集まる環境は、フィレンツェならではなのかもしれません。
これから始まる音楽院での生活も、音楽だけではなく、いろいろな国の学生との出会いがありそうです。
試験を終えて
今回の試験を受けて、改めて「試験って大事だな」と思いました。
和声やアナリーゼなどは、小さい頃から少しずつ教えようとしてきました。
でも、娘は、
「なんとなく分かるから大丈夫」
という感じで、あまり興味を示しませんでした。
ところが、今回は試験があります。
「試験に出る」となると、やはり違います。
夏休みに一気に勉強して、本当にたくさんの知識を頭に入れました。
娘は音楽高校に通っていたわけではありません。
音楽史、聴音、楽典、和声、アナリーゼなどは、音楽高校に通っている友達からノートや教材を借りて、一人で夏休みに勉強しました。
分からないことがあると私に聞いてきたり、一人で勉強していると他のことに気が散るからと、
「近くにいて」
と言われて、そばで一緒に過ごすこともありました。
最初は、音楽高校で3年間かけて学ぶような内容を、まとめて勉強しなければなりません。
和声やアナリーゼも、小さい頃に買った本を、ようやく読み始めました。
一度読んだだけでは理解できないところも多く、何度も読み返しながら、少しずつ理解していきました。
この夏休みは、バイオリンの練習はいったん置いて、音楽の勉強を中心にしました。
今までは、どちらかというと感覚で演奏していた娘。
でも、これからは、そこにたくさんの知識が加わります。
「この曲はこういう構造になっている」
「この和声はこう動いている」
「この時代には、こういう音楽が作られていた」
そんなことを知った上で演奏するようになったら、これから表現の仕方も少しずつ変わってくるのではないかと思っています。
今回の試験は、単に「入学するための試験」だったというだけではなく、これまで感覚的にやってきた音楽を、もう一度別の角度から勉強するきっかけにもなりました。
これからは音楽院で、さらに専門的な勉強が始まります。
今まで勉強してきたことが、これから実際の演奏にどうつながっていくのか。
そして、どんな学生生活になるのか。
今から楽しみです。